首 感想(かなり箇条書き)
・明智の「結局は人の子だったのか。」と言うところ。自分の子を就かせようとする俗的な思考に怒りを発露している。ここに明智は魔王のような、人間の機微では考えられない暴力をしてくる信長に憎悪と羨望を持っていたのがマッチョイズム、キモくてよかった。そして好きという言葉がこれほど薄っぺらさがある愛もあまりないなと思いつつ、それがまた良かった。
・また、愛や性行為が道具として、上下関係をわからせるために使用している。では現在のみんながいうのは違うと言い切れる境界線はどこに生じているか?という疑問がわたしのなかで浮かんでしまう。
・富というのは本当に良いものなのかな?と思った。死んだらおしまいだからみんな怯えつつ見栄を張り人人をまた怯えの中に放り込んでいる。終止符が打たれることがない戦国時代、不安と暴力を増幅させる制度的装置が富や名声で、終始みんなのやりとりが滑稽。そこに信頼感や心の満たされるような言葉のやりとりがなく、ずっと上辺で相手を貶したり、空虚。でも命のやりとりがそんななかであり、喜劇を演じているよう。
・ラストシーンの明智の首を蹴るシーンは秀逸だった。これがこの映画首を包括する台詞であり、行動であると思った。最後の人の命への粗雑さは目立ちに目立ってた。
切腹シーン長くてうぜぇってなってる豊臣も良かった。人の生きる死ぬを自分の範囲以外の人間は至ってどうでもいいと思う境界を見せていて、制度へ盲信的な小役人みたいな怪物。ここでの制度っていうのは豊臣が決めたルールのであり、裏切りが込みでの制度なんだよね。
自分もまた人間であるが、自分の生活圏だけを守る現在の人間の無関心さを大きくたとえるとこんなシーンになるんだろうなとも思った。
また、豊臣は信長にように大胆ではないが百姓の出であること、学のなさを免罪符にして、自身が卑怯であることをすり替えている感じがした。
人間くささというか冷酷で空虚。弱さがある故に自分の中の制度を盲信している面がある。この制度は自分の範囲内にのみ活用され、完全な人間や魔王のような人間にもなれない中途半端な人間が生まれる。
首は最初から最後まで愛情という人間の体温は実は暴力性を内包していていつでも反転することがセットで描かれているような気がした。
2025年8月に観た気がする。
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